やあ!いやーしーす!
kuni5でっす。
今回の記事は、
案外、この世の中適当説~!!
学生の頃とかは真面目に生きなくちゃいけないと
思っていた俺だけど、
社会人になって早8年。
その8年の中で如何に自分が
真面目過ぎたかというお話をしていくよ!!
では、いってみよー!!
真面目が正解だと思ってた
義務教育、そして高校と専門学校。
学生の頃に学んだのは
「真面目で誠実な人であること」
ごく当たり前で大切なことだ。
でも、俺はこれを重く受け止めすぎてしまっていた。
目上の人に対しては絶対に失礼がないように
余計な事は言わずに口数を減らして大人しくする。
冗談や嘘は言わないようにして
余計ないざこざを起こさないようにする。
そういうように
トラブルになり得る行為
を全てせき止めていた。
たとえ、目上の人にからかわれても
余計なことを言わずに笑い流す。
真面目でいることが何よりの正解だと思っていた。
そして、それが当たり前で
社会人はそうあるべきという
なんとなくの先入観で埋め尽くされていた。
でも、そんなことはなかった。
とある企業の内定書がきっかけ
専門学校を卒業して俺はとある企業に
内定を頂いて就職した。
そして、迎えた入社式で
内定証書なるものを受け取った。
イメージとしては、
卒業証書の簡易版みたいな紙だった。
内定証書という会社や世の中において
とても大事な書類を受け取ったときに気づいた。
あれ、誤字が1つあるな・・・。
そう、俺が世の中的にも会社的にも
大事な書類だと思っていた内定証書に
誤字がたった1つだけあった。
俺は、直感でこう思った。
内定証書って大事な書類なのに
誤字があることを見逃した・・・?
いや、それほど大切な書類ではない・・・?
正直混乱した。
なぜなら、今目の前にいる目上の人は
俺よりも何倍も能力が上であるはず。
まぁ、誰が書いたかなんてわからないけど
それでも俺より優秀な人達が書いたのは確か。
なのに、誤字1つ許してしまった。
疲れていたのか、あるいは
それほど重要ではないのか。
そして、次になんとなく結論が出た。
世の中って意外とこんなもんか・・・?
そう、そこで俺は思った。
世の中が意外と適当なことに。
でなければ内定証書を書いたあとに
1度誤字脱字がないかをチェックするはず。
ということは、
これはあくまでイメージだが
はい、これでおっけー。
次々~っと。
といった感じで適当だったのかもしれない。
確実ではないけどなんとなくそう思った。
誤字1つくらい誰にでもあるだろ!
と言われそうだが、
内定証書に誤字があっていいのかと思う。
社会で扱う書類は
懇切丁寧に扱うべきであり、
相手が企業だろうが学生だろうが
失礼のないようにするのが当然だ。
まぁ、そうかも・・・。
納得してくれたみたいで良かった。
さて、こんな誤字1つで人生観が
変わったのかというと
変わったんだなこれが。
それから俺は、
なんとなく適当に生きることにした。
次の転職先で好き勝手にしてみた
内定証書を貰った企業から転職して
また別の会社に内定を貰って就職した。
それで思った。
次の職場では気を使わずに
素の自分をおっぴろげにしてやろ!
ということで素の自分のまま
働いた結果、
とても愉快だということに気付いた。
そこで初めて気付いたことがある。
自分が思ったより我を持っていることに。
1度、友人に言われたことがある。
kuni5ってムードメーカーだよね。
そうなろうとしているわけではないが、
素を出して友人と接していると
不思議とそうなっていたらしい。
ムードメーカーってなんとなく
良いイメージがあるけど、
逆に言えば
我が強い人
であると思っている。
でなければ、
自分の空間を作り出すことはできないからだ。
そんな我の強さがあったからなのか、
意見があれば上司であろうが
同僚であろうがバチバチに言うし、
理不尽な怒りは絶対に許さずに
堂々と目上に逆らうような
気が強い子になっていた。
間違いを犯したときは
ちゃんと謝罪するし、
理不尽なムカつくことがあれば信用できる
上司や同僚にボロクソに報告していた。
そのおかげでストレスも溜まりにくかったのと、
1番影響があったのが
周りの人が
とても仲良くしてくれること。
口数が少なくて何を考えているのか
分からない大人しい子よりも、
ガンガン毒を吐いて裏表なく
考えていることが分かりやすい子が
恐らく好かれやすいんだろうなとは思った。
あとは、職場の年代が20、30歳も上だから
可愛がられたってのはあったかもしれないけど
それでも話しやすい明るい雰囲気でいたことは
間違いなくいいことだったと思う。
それに感情もかなり表に出していた。
残業が続いて本当に疲弊している時に
信頼できる上司に向かって、
俺もう無理っすよ~!
忙しすぎでしょ!?
俺もう帰っていいっすか!?
と半分本気で半笑いで本当に言ったことがある。
今思えばかなり失礼な言い方だったけど
当時の俺は本当に限界で言うしかなかった。
それに、真面目な自分を完璧に捨てていた俺は
「失礼に当たるかもしれない」
という、いらん考えは無かった。
でも、それによって本当に負担が軽減したのだ。
他の部署に所属する仲のいい職人気質なおっちゃんが
色んな人をかき集めて手伝いに来てくれたこともある。
俺が働いていたのは工場だったから
変に真面目ぶるよりも、
ある程度生意気な態度でも
真面目に作業を進めてさえいれば問題なかった。
やはり1番大きい要素として
裏表がない性格というのは
かなり強みだと思い知った。
世の中は意外と適当
そして、俺は1つの結論をだした。
やっぱり世の中適当!!
正解なんてなくて
素の自分であることが最適解!
世のために自分を犠牲にするのは
真面目だし名誉あることかもしれない。
自分の発言を抑えて穏便に過ごすことも
もしかしたら正解かもしれない。
でも、世の中って意外とそうでもない。
真面目に生きている無口な子よりも、
年中遊んでいるような活発な子が好かれるかもしれない。
成功するか失敗するかじゃなくて、
愛されるか愛されないのか
という不確定要素に
さらに不確定要素があるような。
そんな複雑な解答なんてのは
何が正解で何が不正解なんて、
そんなのない。
あるとすれば、
我慢している人生か、
素の自分で生きる人生か。
この2つのどちらかを選ぶとしたら
さて、アナタはどちらを選びますか・・・?
終わりに
以上、

を紹介しました!
真面目に生きるのも悪くないけど、
たまには自分の思うがままに
会話をして空気を作るのも
悪くないかもよ?
同じような経験や、
もっと違う生き方や考えがあるなら
ぜひコメントで教えてね!!
では、また次の記事でお会いしましょう!!
またね!
次回、???
???
